『AI時代の「超」発想法』を読みました

ども、kotaro(@kotaronline)です。

 

曲がりなりにも創作などというものをやっておりますと、「発想を得るのにいい方法はないか」とか「インプットやアウトプットにいい方法はないか」ということが気になります。そういうわけで、その手の本は結構手に取ったりします(あと、「ネタの種本になりそう」と思った本を買いあさったりします……あんまり有効活用できたおぼえがありませんが)。

 

ということで、標記の本を読んで思ったことを少々。

 

著者のターゲット的には、あくまで「ビジネスや学術研究のための発想」がメインのようで、「芸術や創作に有効かどうかはよくわからない」というようなことも書いてありましたが、創作する人にとってもヒントは散りばめられているように感じました。

 

世の中には、「機械的な操作で発想を生み出す方法」なるものも色々提示されていますが、著者は痛快なくらいにこれらの方法をバッサリと斬り捨てています。とはいえ、この手の方法は、こと創作に関する限り、著者が主張するほど無意味なものでもないかな、とも思いました。「どうでもいい組み合わせを試すほどヒマもないし、ろくなものができた試しもない」みたいな記述がありました。確かにビジネスや学術研究ではそうかなとも思いますが、たとえば故・星新一氏は自身の創作のプロセスとして、「意外なものの組み合わせを発展させる」ことをよく実行するとエッセイに書かれていたと思います。そんな感じで、創作者としては、著者の主張を一から十まで受け入れるというよりは、ツッコミを入れつつ読んでみるのもアリかもしれません。

 

とはいえ、創作者にとっても決して反面教師的な読み方しかできない本というわけではありません。たとえば、学術論文の価値について、「最新の研究動向を踏まえていないものは論評に値しない」みたいな記述がありました。これは音楽に引きつけて考えると、「最新のトレンドにまったく注意を払っていない音楽を、新しく作る意味はあるのか?」という問いかけにもなります。普段の情報収集が、どうしても「温故知新」的なものになりがちなぼくにとっては、ちょっと冷や水をぶっかけられたようなショックを受けました。

 

とりあえず、発想法の本や種本を買ったり読んだりする動機として、「ネタを投入すれば自動的に作品ができるようなブラックボックスを構築できないか」という常日頃の欲望に対して、「やっぱりそれは無理というものだよ」と目を開かせてもらっただけでも、読んだ意味はあったかなと思います。それはそれとして、ネタバレにならないように本を紹介するのもなかなか難しいですね(^_^;)。

 

AI時代の「超」発想法

https://www.amazon.co.jp/dp/4569843786/

 

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